2007年10月5日
2nd アジアツアー 「O」は2007年初頭のソウル公演を皮切りに2008年まで続いたが、そのうち多くの公演が2007年後半に集中的に行われた。
当記事では、「O」ツアーのうち2007年後半に行われた公演(台湾・ソウル・マレーシア・タイ)について焦点を当てたい。
なお、ツアー全体については東方神起 2ndアジアツアー「O」開始 の記事を参照のこと。
ツアー日程および開催地
東方神起はアジアツアー公演の当日だけでなく、事前に各地を訪れて記者会見を実施している。
記者会見と公演を合わせたツアー日程は次の通り。※公演は太字で記載
2007年8月23日 台北記者会見
2007年10月5日 台北公演(中山足球場)
2007年10月6日 台北公演 ※悪天候によりキャンセル
2007年10月14日 バンコク記者会見
2007年10月17日 クアラルンプール記者会見
2007年10月26日 ソウル公演(オリンピック公園体操競技場)
2007年10月27日 ソウル公演(オリンピック公園体操競技場)
2007年10月28日 ソウル公演(オリンピック公園体操競技場)
2007年11月24日 クアラルンプール公演(ムルデカ・スタジアム)
2007年12月15日 バンコク公演(インパクトアリーナ)
2007年12月16日 バンコク公演(インパクトアリーナ)
台北での記者会見
アジアツアーの開催地に台湾が選ばれたのは意外にも今回が初めてである。
東方神起はデビュー直後から台湾で活動を始めており(台湾・中国でのプロモーション活動を開始 の記事を参照)、これまで台湾向けのアルバムを発売したほか、台湾での音楽イベントへの出演実績も多い。
元々韓流を含むアジア圏の音楽への関心が高かった台湾において、東方神起はすでに多くの人気を得ており、直近のアルバム『“O”-正・反・合』は台湾の主要な音楽チャートのアジア音楽部門で1位、全ジャンルを総合しても5位を獲得していた。
それゆえアジアツアー記者会見のために東方神起が台湾へ訪れたとき、現地のメディアやファンは高い期待とともに彼らを出迎えた。
この日の記者会見には150人を超える取材陣が集まり、中国、香港、タイ、マレーシアの取材陣も参加し、東方神起のアジアツアーに強い関心を示した。
Chosun Online | 朝鮮日報-東方神起、台湾でも大人気…記者会見に取材陣150人超
一方、入国する時から数十台の車両とバイクを利用して東方神起の動線に付いていって追撃戦を行った台湾のファンたちは、24日の午前中に出国する瞬間まで熱い声援を送り、東方神起の一挙手一投足に熱狂した。
雑誌「SPECIALIST INTERVIEW MAGAZINE: S」2007年10月号 当サイト訳
当時の台湾のニュース映像では、東方神起の台北空港への到着からホテルでの記者会見、それに続くファンイベントまでの様子が捉えられている。
台北空港にはファンが大挙して待ち構え、東方神起が姿を見せるや否や、耳をつんざくほどの大歓声で出迎えた。
彼らが乗り込む移動車の周りにも赤い風船やボードを持ったファンが群がり、警備員らが身体を張って制止しなければならないほどだった。
スタンプサイン会
台湾のファンにとってさらに嬉しいことに、この日の記者会見の後にはファンイベントが用意されていた。
それが午後6時30分から台北国際会議センターで開かれた“スタンプサイン会”である。
500人限定で企画された今回のイベント出席のために、かなりの数の台湾ファンたちが何日か前からイベント会場の前で夜通しをしながら待つ情熱を見せ、当日である23日には、2,500人を越えるファンたちが押し寄せてイベント会場の周辺一帯が麻痺するハプニングが発生したりもした。
台湾のファンたちはスタンプサイン会の現場に東方神起が姿を表わすと、「愛してます」や「会いかったです」等、簡単な韓国語の挨拶を駆使して情熱的な声援を送り、一部のファンたちは東方神起の顔を見るやいなや、感激のあまり涙を流していた。
雑誌「SPECIALIST INTERVIEW MAGAZINE: S」2007年10月号 当サイト訳
このイベントはまず最初にステージに東方神起が登壇し、客席のファンたちと交流するトークセッションから始まる。
トークは通訳を介してはいるものの、できるだけ現地の言葉にチャレンジし、ファンと心を通わせようとするのが彼らの流儀だ。
この日も東方神起がファンのリクエストに一つ応えるたびに、客席のファンから爆発的な歓声が上がった。
その反応に照れて顔を覆い始めるメンバーらの可愛さにファンがさらに盛り上がるというループは、言葉が通じる韓国や日本でのファンイベントと何ら変わりがない。
続く“スタンプサイン”のセッションは一般的なサイン会に似ているが、サインを書く代わりにスタンプを押すもの。
着席したメンバーらの目の前のテーブルにスタンプが置かれており、そこに台紙を持ったファンが順に訪れて、メンバーらにスタンプを押してもらう。
ファンと笑顔で対面しながらスタンプを押す東方神起の姿は、エンタメコリア(Chosun Online | 朝鮮日報-東方神起、台湾でも大人気…記者会見に取材陣150人超)に写真が掲載されているのでぜひチェックされたい。
台北公演
公演会場の中山足球場は元々サッカー場として使われている屋外スタジアム。約40,000人の収容力を持つ同会場で2回もの公演を計画するのだから、東方神起の集客力への自信が見てとれる。
メンバーらは公演前日の10月4日に台北入りしたが、このとき公演の開催が危ぶまれる重大な懸念が発生していた。
超大型台風と呼ばれる台風15号が接近し、公演予定日の10月5日から6日にかけてまさに直撃しようとしていたのである。
メディアによると「翌日に強行される公演が順調に進行できるかどうか、関係者はもちろん大衆の懸念が強かった」という(出典:雑誌「Junior」2007年11月号)。
結局、まだ暴風域に入っていない初日の10月5日は公演を決行することとなった。
台湾でのコンサートはちょうど台風が直撃したんです。野外会場で雨がい~っぱい降っていて、その天気の中コンサートをやったんです。
本当に死にそうでしたけど(笑)、でも、その時の雰囲気がものすごくよかったんですよ。忘れられないくらい、面白い思い出になりました。多分会場にいたお客さんもそうだったんじゃないかなと思います。(ユンホ)
雑誌「月刊アピーリング」2007年11月22日発行
暴風域でないとはいえ、約2時間のコンサート中にも台風が接近し天候は大荒れに。
強風と土砂降りの雨の中、メンバーらは全身ずぶ濡れでパフォーマンスを続けた。
ライブのときに、強風で鉄みたいな硬いものが飛んできて、痛かったです(笑)(ジュンス)
雑誌「PATi PATi」2007年12月号
強風で飛んできた大きな鉄みたいなのが、ジュンスにあたってビックリ!!ジュンスは最初、誰かに蹴られたかと思ったみたいです(笑)ライブ中に、誰も蹴らないですよ(笑)(ユンホ)
雑誌「WHAT’s INT?」2007年12月号
結局彼らは予定されていたセットリストを完遂したが、実際は身体的危険を感じるほどの状況だったようだ。
ホントにコンサートをやるには大変な天気だったんですけども、バラードを歌うときには特に、その雨がスゴくいい雰囲気を作り出してくれて、一番記憶にすごく残るステージになりました。
あんな風にもう一度やるのはちょっとヤバイと思うし、難しいと思うんですが(笑)、終った後に思いっきり“やり遂げた!”っていう充実感がものすごくあったんですよね。
(中略)でも「もう一回あの雨の中でコンサートをやって!」と言われたら…できません…(笑)(ジュンス)
雑誌「月刊アピーリング」2007年11月22日発行
2時間ほどの公演を見事に終えた東方神起は「悪天候の中にも関わらず席をいっぱいに埋めて楽しんでくださったファンの方々にとても感謝しています。これからも良い音楽とステージでお返しするので沢山の応援よろしくお願いします」と最後に挨拶した後、「HUG」 の中国語バージョンを歌って台湾初のコンサートを終えた。
雑誌「Junior」2007年11月号 当サイト訳
2日目の10月6日にはついに暴風域に突入し、台北では豪雨で市内の道路が冠水したほか、暴風で倒木や看板が落下するなどの被害が出た。
台湾全土でも200万以上の世帯で停電の被害が発生し、死傷者も出るほどだった。
このような状況下で東方神起の公演は到底開催できず、やむなくキャンセルと払い戻しに至ったという。
なお、翌2008年の5月に台北でのアジアツアー公演が改めて1公演追加された。
日本活動との並行
台北公演が終わると10月下旬のソウルアンコール公演まで3週間ほどの間が空くが、その間も日本で11月にリリースする『Forever Love』や『LAST ANGEL』の活動、さらにはアジアツアー以外の韓国活動が続いた。
当サイトの他の記事でも何度か触れているが、東方神起は韓国活動(アジアを含む)と日本活動が重なると多忙を極める。
この時期も例に漏れず、10月中旬の彼らのスケジュールは次の通りだった。
10月11~12日 東京(テレビ収録・雑誌取材)
10月13~14日 バンコク(記者会見)
10月15日 東京(ラジオ公開収録)
10月16日 上海(プロモーション活動)
10月17日 クアラルンプール(記者会見)
10月18日 ソウル(学園祭ライブ)
このような日程は一般的な感覚から言えば過密でありあまりにもハードだが、彼らはその忙しさですら笑顔で語り、各地のファンに元気な姿を見せていた。
ジェジュン:ハードスケジュールの秋ですね。
ユチョン :最近、忙しくなって。
ジュンス :でも嬉しいですね、すごく。
ジェジュン:楽しいですね。
JFN(ラジオ)「Bigeastation」2007年10月22日放送
ソウル公演のチケット発売
10月下旬のソウル公演は、2月下旬の3公演に続くアンコール公演である。
アンコール公演への母国の関心は、9月中旬のチケット発売時からかつてないほどの熱量を感じさせるものだった。
(9月)16日正午からチケット販売サイト「オークション・チケット」で開始された今回のコンサートチケットの予約販売は、発売開始と同時に30万人以上のアクセスが集中、たった2秒でサーバーがダウンするというトラブルまで発生した。
東方神起の所属事務所は「サーバーダウンと復旧を繰り返した末、午後4時ごろ全チケット3万3000枚を完売した」と話している。
Chosun Online | 朝鮮日報-東方神起アンコール公演チケット、3万3000席完売
この年は韓国国内で東方神起を見られる機会が比較的少なかったため、ファンたちが“東方神起に喉が渇く”様相であったことは、アジアソングフェスティバル(2007)の記事でも述べた通りだ。
ユンホの負傷
満を持して迎えたソウルアンコール公演だったが、なんと前日のリハーサル中にユンホが腰を骨折してしまう。
腰椎横突起骨折で3~4週間の回復期間中は無理な運動と振り付けを避けるべきだという担当主治医の意見に対し、所属事務所のSMエンターテイメント関係者はユンホにコンサートのステージに立たないように勧めたが、久しぶりの国内ステージであるだけにファンに姿を見せたいという彼の意志を破ることができなかった。
雑誌「SPECIALIST INTERVIEW MAGAZINE: S」2007年12月号 当サイト訳
骨折の直接の原因はリハーサル中に舞台装置にぶつかったためと報じられた。
しかし前述の過密スケジュールを始めとする当時の活動状況を踏まえれば、疲労の蓄積による影響は否定できないだろう。
ソウルアンコール公演
結局、本番でユンホは『Rising Sun』などのダンス曲では踊らずに近くに立って歌うこととなった。
彼はソウルオリンピック公園体操競技場で行われた3日間の公演で鎮痛パッチを貼り、舞台に立つ闘魂を発揮した。
(中略)ユンホは自分を心配するファンに「久しぶりに国内のステージに立つと考えると、やる気があまりにも出てきたみたいです。 皆さんに良い姿をお見せできず、申し訳ありません。 けれどいろいろなイベントを準備したので、最後まで一緒に楽しんでください」と伝えた。
雑誌「SPECIALIST INTERVIEW MAGAZINE: S」2007年12月号 当サイト訳
アンコール公演ではセットリストが2月の公演からアップデートされた。
まず、『ミドヨ』に代えてジュンス作詞作曲の『君のそばにいられたら(White Lie…)』が追加され、さらに日本語曲の『Sky』と『Love in the Ice』も追加された。
韓国でのコンサートはホントに久しぶりだから、久々のコンサートだからすごく気持ちよかったし、すごくパワーアップしましたね。(ユチョン)
JFN(ラジオ)「Bigeastation」2007年11月3日放送
日本語の曲が韓国のステージで披露されるのはこの時が初めてである。
東方神起が日本でリリースしたCDやDVD(韓国でも販売されていた)、また動画共有サイトなどを通じて情報を追っていた韓国ファンからすれば、彼らが日本で活躍した成果を韓国でも目にすることができたわけだ。
さらにゲストとして、初日(10月26日)には少女時代が、最終日(10月28日)にはスーパージュニアが登場。
少女時代は「東方神起先輩のアンコールコンサートを心からお祝いし、普段尊敬していた先輩のコンサートに来ることになって嬉しいです」というお祝いの言葉を伝えた。
これに対して東方神起は「最近(少女時代は)あまりにもたくさん愛されていて忙しいと思うけれど、こうしてお祝いに来てくれてありがとう。 いつも一生懸命努力する後輩たちなだけに、これからももっと大きな人気を得そうです」とお礼の言葉で応えた。
最終日の公演にはスーパージュニアのメンバーのハンギョン、ウニョク、キボム、ドンヘ、ソンミン、リョウク、キュヒョンが登場してファンたちの歓声を受けた。
雑誌「SPECIALIST INTERVIEW MAGAZINE: S」2007年12月号 当サイト訳
クアラルンプール公演
マレーシアでのアジアツアー公演は2006年の「Rising Sun」ツアーに続き2度目である。
マレーシアは2回目だったんですけど、ファンの皆さんは、本当に僕たちが来るのをずっと待っていてくれて。
久しぶりなのに沢山の人たちが歓迎してくれたのが、とてもうれしかったです。(ユチョン)
雑誌「WHAT’s INT?」2007年12月号
今回、クアラルンプール公演は11月24日の1公演のみ。会場のムルデカ・スタジアムには約2万人が来場し、マレーシアだけでなく、近隣のインドネシアやタイを含むアジア各国からファンが集結したという。
女の人はバティックっていう布をかぶっているので、その姿がとても新鮮な感じがしました。
同じアジアでも国が違うと、その国ならではの文化や習慣があるので、そういう違いを感じることが、とても興味深いです。(ユチョン)
雑誌「WHAT’s INT?」2007年12月号
バンコク記者会見
10月14日、東方神起のアジアツアー記者会見を控えて、バンコクの超大型高級ショッピングモール「サイアムパラゴン」のメイン広場は熱気に包まれていた。
東南アジアで比較的大きな音楽市場を持つタイにおいて、東方神起はこれまでアルバムを始めとする各種CDのタイ盤や、タイ向けの『東方神起 Special Album』を発売している。
さらに2006年の「Rising Sun」ツアーでは、バンコク最大級の屋内コンサート会場「インパクトアリーナ」で1公演の実績がある。
このような背景からタイで東方神起の人気は上昇傾向にあり、2007年の初めにはタイの「SEED Award」という、日本で例えると「日本ゴールドディスク大賞」のような音楽祭で、東方神起は「アジア最高人気歌手賞」を受賞していた。
(タイに)行くたびにファンの人が増えていて、みんな熱い応援をしてくれるので、本当に感謝しています(チャンミン)
雑誌「WHAT’s INT?」2007年12月号
サイアム・パラゴンでの記者会見の様子はタイのニュース映像などで見ることができる。
1階のメイン広場とその周りにある2階の通路がファンで埋め尽くされ、東方神起が現れると悲鳴のような大歓声が沸き起こった。
東方神起はこの日の記者会見で簡単なタイ語を使いユーモラスに答え、注目を浴びた。特に、ユチョン(ミッキー)はタイの流行語で「かわい子ぶらないで」と言い、会場を笑いの渦に巻き込んだ。
Chosun Online | 朝鮮日報-東方神起タイ公演記者会見に1万5000人が集結
この時の映像が捉えたジェジュンは、まるでコンサート会場のような熱狂で迎えるタイのファンを晴れやかな笑顔で見渡す姿が印象的だ。
バンコク公演
12月15日と16日、東方神起は前年と同じインパクトアリーナのステージに帰ってきた。
今回のタイ公演でプロモーションを担当した会社のプラソン社長は「昨年タイで行われた海外アーティストの公演で、東方神起のコンサートは最多数の観客を動員した。今年も2回公演が完売し、東方神起のコンサートは2年連続で海外アーティスト公演の最多観客動員を記録した」と話している。
Chosun Online | 朝鮮日報-東方神起、タイで2年連続「海外アーティスト最多観客動員」
客席を埋め尽くしたタイのファンが手に振る赤いペンライトや風船、また自作のボードや横断幕を掲げる光景は、韓国でのコンサートと変わらない。
さらに歌に合わせた掛け声や、バラードを一緒に歌うところも韓国のコンサートと同様。その掛け声や歌詞を、タイのファンたちは当然のように韓国語で歌う。
12月15日はジュンスが誕生日を迎えたため、会場の全員でバースデーソングを歌うこととなった。
ジェジュン:ジュンスの誕生日です!今日はみなさんと誕生パーティーをしようと思っていますが、誕生日の歌はみなさん知ってますよね!
ユンホ:歌う準備は出来てますか?OK!それではみんなで歌いましょう!
CD『Purple Line』付属DVD 初回盤特典映像
MCの言語は挨拶を除くと韓国語がメインだが、こうしたコミュニケーションに言語の壁は無いようだ。
東方神起からの誕生パーティーの提案にタイの観客は大歓声で応じ、会場にはバースデーソングの大合唱が響き渡った。
海外公演の多かった2007年
アジア各国を飛び回り精力的に仕事をしたこの時期は、先にも過密日程の一例を挙げたが、東方神起にとって目まぐるしいものだったことが分かる。
2005年は少し余裕があったはずなんですが、2006年を振り返った時にもうこれ以上忙しくなれない…と思ったのですが、2007年はそれを遥かに超えました(笑)(チャンミン)
雑誌「月刊アピーリング」2008年1月24日発行
アジアツアーもありましたし、写真集の撮影でヨーロッパにも行きました。
今までで一番飛行機に乗れた、乗れたというか…乗ることになった一年でしたね(笑)(ジェジュン)
雑誌「月刊アピーリング」2008年1月24日発行
2007年の活動で特徴的だったのは、韓国でアルバムをリリースせずに日本活動に重心を置きながら、アジアツアーを並行させたこと。
韓国でアルバムを出さないことによりテレビに出る機会は激減したが、その代わりにコンサートが多い一年だった。
2006年以前に多数出演した韓国のテレビの歌番組も、有観客という意味ではライブの一種だが、コンサートとは質的に全く異なる。
2007年のコンサートの充実化は各種ツアーの公演数にも表れている。例えば、2006年と比較するとアジアツアーは6公演から10公演へ、日本の単独ツアーは11公演から16公演へ、a-nationは5公演から7公演へと増加した。
海外公演の意義
2007年の多忙な活動を通してコンサートの場数を踏んだことは、東方神起が持つパフォーマンスの力に変化を与えつつあった。
――今は絶賛アジアツアー中ですがライヴで得たもの、感じたことがレコーディングに活かされたりします?
それはあると思います。ライヴでいい声量と、レコーディングするときの声とか声量は、ちょっと違うと思います。それが、今までライヴをたくさんしてわかりました。気持ちを込めてナーバスにレコーディングしても、ライヴでそのままやるとみなさんに伝わらないので、そういうときはライヴ用に直して歌います。(ジュンス)
雑誌「ARENA37℃」2008年2月号
特筆すべき点は、この年に実施した数多くのコンサートのうち、日本やアジアといった海外の比重が大きかったことだ。
海外でコンサートを行う意義について、ジェジュンは示唆に富む言葉を残している。
人生として、ジェジュンとして、自分の元々の性格…引っ込み思案、小心者みたいな心を、ライヴが変えてくれたと思います。デビューしてライヴを体験して、自分に自信が出来ました。ステージ以外の場所でも自分に力を与えてくれたと思います。
(中略)日本の活動をしながら、それ以外のアジアも含めて、海外でもこんなに出来るんだっていうのが、アーティストとしてのことだけじゃなくて、人間としても自信になったと思います。(ジェジュン)
雑誌「ARENA37℃」2008年2月号
東方神起がアジアを舞台に積み重ねてきた経験が、彼ら自身のアーティストとしての根幹に影響を与えたことは、ジェジュンだけでなく他のメンバーについても言える。
アジア各地に、言語が異なり直接会う機会がほとんどなくても東方神起を支持するファンが存在すること。
そのファンの待つ所へ東方神起が訪ね、数年以上の間隔が開いたとしてもコンサートをすること。
脈々と続くアーティストとファンとの関係は、時を経てグループが形態を変え、ソロ活動へと移行した今日においても、変わらず見ることができる。
試聴 (Apple Music)
「O」ツアーの2007年2月のソウル公演のライブ音源。2007年後半の公演とセットリストの大部分が共通するため、雰囲気を知るのにおすすめだ。
CD
上記Apple Musicと同じライブ音源のCD。
DVD
「O」ツアーの2007年2月のソウル公演のDVD。輸入盤(リージョンコードがALLのバージョン)は字幕言語が日本語・韓国語・中国語から選べるようになっているので、輸入盤を推奨したい。
『Purple Line』のCD+DVDバージョンには「アジアツアー バンコク公演 Off Shot Movie」が収められている。
Off Shotと名が付いているが、バンコク公演の貴重なステージ映像に加え、仁川空港での出発、タイの空港でのファンの出迎え、楽屋でのタイ語の練習風景など盛り沢山の内容。
さらに初回限定盤特典の「アジアツアー バンコク公演 SPECIAL Off Shot Movie」ではジュンスの誕生日をステージで祝い、続いて公演後の楽屋でも祝う様子が収録されている。
雑誌
月刊アピーリング(2007年11月22日発行)は全7ページ掲載。アジアツアー「O」だけでなく、同時期の『Forever Love』や倖田來未とのコラボ『LAST ANGEL』についても詳しい。
月刊アピーリング(2008年1月24日発行)は全8ページ掲載。アルバム『T』の話題を中心に、2007年の活動を振り返るコメントが収められている。
ARENA37℃はアルバム『T』に関する特集。アジアツアーを振り返る話題も掲載されている。
ワッツインの連載コーナーではアジアツアー各国での思い出を掲載。
「SPECIALIST INTERVIEW MAGAZINE: S」 2007年10月号
SMエンターテインメント発行の韓国の雑誌。通称“S Magazine”または“Magazine S”。2007年10月号は、東方神起のファッション特集に加え、台湾での記者会見の様子をレポート。
「SPECIALIST INTERVIEW MAGAZINE: S」 2007年12月号
“S Magazine”(または“Magazine S”)の2007年12月号は、東方神起に関する2007年の10大ニュースやファンアンケート企画、ソウルアンコール公演のライブレポートなどが掲載されている。
「JUNIOR」 2007年11月号
韓国の芸能雑誌。東方神起は全13ページにわたって掲載。アジアソングフェスティバルの詳細なライブレポートやアジアツアーの経過などが綴られている。