韓国のアーティストが生きる世界(3)アイドルシステム

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K-POPのアイドルシステム

K-POPアーティストについて一般人が思い描く「徹底的にトレーニングを積んだアイドルがグループで激しいダンスを踊り、ラップの入った歌を歌う」という姿は、K-POP業界でシステム的に生み出されています。

東方神起も例外ではありません。彼らは事務所の企画によって選抜・育成され、デビューし活動するという、計画的で循環的なサイクルの中で誕生しました。

K-POPの「アイドルシステム」は今日では韓国の大衆音楽界の中核をなし、音楽番組と相互に結びついています。

その存在が多くの韓国のアーティストに対して、人格形成、音楽的アイデンティティ、キャリアなど多岐にわたる影響を与えることは言うまでもありません。

H.O.T.の登場

アイドルシステムが何かを語る前に、K-POPアイドルの出発点をおさらいしてみましょう。

K-POPアイドルの元祖は、1990年代後半にSMエンターテインメントがプロデュースしたボーイズグループ「H.O.T.」です。

H.O.T.は音楽的には当時のダンスなどの流行を受け継ぎながら、ターゲットを10代に絞って売り出しました。

当時革新的だったのは、歌詞、ビジュアル、パフォーマンスなどあらゆる面に10代女子が熱狂するアイドル要素を組み込む手法。

なぜならH.O.T.以前は、アーティスト個人の音楽的アイデンティティや実力で勝負するのが主流であり、他者が作ったコンセプトに基づいてパフォーマンスをするアイドルは一般的でなかったからです。

このときSMエンターテインメントが実行した、企画に沿ったタレントの発掘と育成、楽曲やMVの制作、プロモーション活動までの一連のプロセス。これが「アイドルシステム」の原型です。

企画会社の勢力図

H.O.T.が大成功を収めた結果、韓国にはアイドルブームが起きました。

H.O.T.が活動休止する2001年頃までにデビューしたSechs Kies、S.E.S.、神話、god、BoAなどが、K-POPアイドルの第一世代と呼ばれます。

同時に、数多くの「企画会社」(日本でいう芸能事務所や音楽プロダクション)が、SMエンターテインメントを参考に組織的なプロデュース体制を整え始めました。

その中から抜きんでたのがSMエンターテインメント、YGエンターテインメント、JYPエンターテインメントの三社です。

以降、K-POP業界における勢力図、すなわち大手数社が音楽とビジネスの両面で他社をリードする構図は、基本的には現在まで変わっていません。

基本的に三社(JYP、SM、YG)は似ていると思います。全部で10年以上システムを組んできた会社じゃないですか。

今、これらの会社から出たアーティストがほぼ“自動的に”成功しています。私たちが去年4月から出したシングルは韓国で全て1位になりました。

(中略)このように自動的に成功できるシステムが作り上げられるのに非常に時間がかかりました。(JYPエンターテインメント ジョンウク代表)

イ・ドンヨン『アイドル H.O.T.から少女時代まで、アイドル文化報告書』2011年 P386 当サイト訳

2010年代後半からはBTSを擁するHYBEが台頭したため、現在ではSM、YG、JYPの三社にHYBEを加えて四大企画会社と呼ばれています。

企画会社たちが年月をかけて構築したアイドルシステムは、どのような構造になっているのでしょうか。

そこには二つの特徴的な共通点があります。

分業的なプロセス

共通点の一つ目は、アイドルをプロデュースする一つ一つの段階に専門的な人材が割り当てられていること。

具体的な流れを追うと、まず初期段階で市場トレンドや競合相手の分析をもとにグループのコンセプトを決め、コンセプトに沿って練習生を育成・選抜、それから楽曲やMVを制作し、プロモーション活動を通して最終的に“アイドル”というコンテンツが完成します。

アイドルが所属する芸能事務所は、メンバーたちにどういうコンセプトの活動をしたいかをヒアリングすることはあまりありません。

アートディレクターやプロデューサーたちがアイドルをひとつの作品と考え、コンセプト、トーンアンドマナー、ムードの細部にいたるまでディレクションをし、具体的な活動の年間スケジュールを立てていきます(ユニバーサルミュージック・コリア パク・ソヒ氏)

田中絵里奈『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』 2021年 P167

職種でいうと、コンセプト作りはA&R、楽曲制作はプロデューサー、MVやビジュアル制作はアートディレクター、メディア出演などのプロモーション活動はマネージャーが相当します。

ただし、こう書くとA&Rやプロデューサーやマネージャーという肩書の専任スタッフが一人ずついるかのように認識したくなりますが、実際はそうではありません。

A&Rに関しては、大手ではコンセプト作りを専門とするチームがいるのに対し、中小企画会社では社全体でコンセプトを話し合って考える場合もあります。

プロデューサーに関しては、自社専属の作曲家チームでまかなう場合もありますが、グローバルな流行を素早く取り入れるために海外の作曲家チームに外注する場合もあります。

マネージャーに関しては、大手であればスケジュールを管理するマネージャー、運転するマネージャー、メディアとの出演交渉をするマネージャーなどに分かれ、さらにそれらを統括するリーダークラスのマネージャーがいることもあります。マネージャーの数はやはり企画会社の規模によります。

もちろんK-POP業界すべてがこうだというわけではなく、シンガーソングライターのようにアーティスト本人が曲作りをする事務所もありますので、あくまで傾向として捉えてくださいね。

このようにアイドルシステムが分業制である理由は、とにもかくにも「大量消費型の音楽ビジネス」と「ヒットを生むという目標」に対し最も効率的に適合するやり方だからです。

アイドル創出のサイクル

共通点の二つ目は、2~3年に1組のアイドルグループをデビューさせるというサイクルです。

アイドルの初期育成からデビューまでの費用は、諸説ありますが大体30億ウォン~50億ウォンだといわれています。

そのうち、アルバム制作や放送活動などの純粋なデビュー費用が5億ウォン程度で、残りは練習生の「選抜」と「育成」にかかる費用です。

「選抜」とは、スカウトやオーディションを定期的に実施する費用。

「育成」とは、練習生に提供するダンス・歌唱・演技・作曲・外国語などのレッスン費用や、食費や宿泊費が含まれます。

年間でみると、例えばJYJの訴訟が続いていた2010年には、SMエンターテインメントは年間約10億ウォンの育成費を支出していました。

したがって、アイドルはデビュー前の投資額を、デビュー後の契約期間(現在は最長7年)にわたって、売上の中から少しずつ回収していくことになります。

ここで留意したいのは、“1グループあたり30億ウォンから50億ウォン”というのは脱落した練習生の費用も含まれているので、デビューしたアーティスト個人にかかる費用ではありません。

より正しくいうと、アイドルグループをひとつの企画とみたときに、2~3年の準備期間とその間の全社的な選抜・育成費用がかかるということです。

SMエンターテインメントの創業者でプロデューサーのイ・スマン氏は、アーティストをプロデュースする3年前には必ず企画のイメージを明確化すると語っています。

アイドルシステムはなぜ2~3年というスパンでアイドルを創り出すのか。

それはK-POP業界が一つのアイドルがヒットを生み出せる“旬”の時期を2~3年と想定しているからに他ならないと、私は考えています。

スカウトとオーディション

ここまではアイドルシステムの構造を外形的に説明しました。ここからは、アイドルシステム内部にいるアーティスト個人がたどる道を追ってみましょう。

企画会社への最初の入り口はスカウトかオーディションです。

1990年代までは、キャスティング担当者が学校の正門前に張り込んで目立つ子を探すような地道なスカウトが主流でしたが、アイドルブームにより2000年代からはオーディションが定着しました。

東方神起の場合は、チャンミンのみスカウト出身で、残りの4人がオーディション出身ですね。

オーディションは、ソウルであれば事務所で毎週応募者がやってくるのを受け付けたり、国内の各地方でも定期的に実施することが多いです。

海外は「グローバルオーディション」といって、米国など韓国系移民が多い地域やK-POP人気の高いアジアを中心に、各都市を年1回とか不定期に巡回する大規模なオーディションを開催します。

2010年代半ば以降は、オーディションそのものを番組化して放送する“サバイバルオーディション”も定着しました(Girls Planet 999やPRODUCE 101など)。

このように企画会社のオーディションを受ける志願者の数は、各社とも年間で数万人や数十万人ともいわれています。

練習生の生活

各企画会社には常時数十名の練習生がいます。(※人数は企画会社の規模にもよります)

練習生は大きく二つの段階に分かれていて、一つはデビュー予定のグループが決まっている“デビュー候補”の練習生、もう一つはグループが決まっていない“一般”の練習生。

企画会社に入ると、まずは“一般”の練習生として、企画会社のカリキュラムに基づく標準的なトレーニングが始まります。

練習生は、朝から夜遅くまで、徹底的に計画されたプロダクションのスケジュールに沿って行動する。

(中略)受験生のようなハードスケジュールを毎日、毎週のカリキュラムに合わせて消化しなければならない。

ドラゴン・ジェイ『韓国エンタメ業界の現場 K-POPアイドル・韓国ドラマ俳優はこうして作られる』 2022年 P66

午前11時か正午に会社に行きます。語学と音楽の授業を1コマずつと、ダンスの授業を2コマ受けるのが私の日課でした。

寮に戻るのは夜10時になります。あとはシャワーを浴びて寝るだけ。そんな毎日でした。(TWICE ミナ)

Ep 2. 激しかったあの日、9人の練習生たちの話 | TWICE: Seize the Light – YouTube

練習生が受けるレッスンの内容は、歌唱、ダンス、作曲、楽器、演技、外国語など。

1990年代(H.O.T.やBoAの頃)はレッスン科目があまり多くなく原始的な育成方法でしたが、2000年代以降は各社が独自に育成方法を体系化させ、優秀なトレーナーを集めて高度なトレーニングになりました。

僕は高校2年の時にデビューしましたが、その前から練習生として準備をしてたので、自由に遊べませんでした。

クラスの友達が女子高やネットカフェなどに行っても、僕は学校と塾を往復して事務所に行って、歌やダンスの練習をする毎日でした。そんな生活を送ったので友達との思い出があまりありません。(チャンミン)

SBS「気持ちの良い日」2007年1月5日放送

毎日事務所に行ったら携帯を預け、一日中レッスンを受けて、毎晩遅くまで練習してから家に帰る。そんな毎日を送っていたのでそれ以外の韓国を知らない。(日本人練習生)

田中絵里奈『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』 2021年 P161

“一般”の練習生の間は必ずしも寮生活とは限らず、学校やアルバイトと両立する場合もあるようですが、それでもハードなスケジュールであることには変わりません。

このような育成形態は、個人的な印象ですが、韓国の一般家庭が子どもに多額の塾代を投じて、子どもが毎晩遅くまで塾に通うのと似ている気がします。

デビューが決まるころには寮をいろいろなところに設けるんです。社員がルームメイトとしての管理役兼親代わりでした(笑)

(中略)レッスン生時代は、会社から近いソウルにいる子は自宅通いで、グループを結成してデビューすると、グループごとに寮に入るというシステムです。(SMエンターテインメント キム・ヨンミン代表)

雑誌「日経エンタテインメント!」2011年10月号

寮にお目付け役のマネージャーが同居するのもまた一般的な管理方法です。

このように練習生たちは、長時間のレッスンと私生活の管理によって外部の世界から隔絶された生活が数年間続くことになります。

それでは彼/彼女たちは、練習生生活の中からどのようにチャンスをつかんでデビューを果たすのでしょうか?

※続きは後日公開予定です。

韓国のアーティストが生きる世界(3)アイドルシステム」への1件のフィードバック

  1. ユミチャキ さんの発言:

    ある意味…デビュー出来るのは、本当にラッキーなんですね 運も実力のうち…とは言いますが、余りに過酷なレッスンを受けても、デビューは、ほんの一握り
    色んな意味で病みそうです…デビュー後のメンタルに関係しそうな、、、

    返信

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